河川点検の様子(鋼材の肉厚調査)

鋼矢板の打設工事中

鋼矢板の打設工事中

河川には、背後の土留め(土砂を支えること)をする為に、鋼製の矢板(鋼矢板など)や、杭(鋼管杭など)が、土中に打設(打ち込むこと)されることがあります。
特に、河川背後の堤内地(住宅側)の土地が少ない場合に、鋼矢板や鋼管杭による土留めが行われます。

これらは錆びたりして、少しずつ薄くなり、放っておくと最後には限界肉厚(鉄が重量を支えられなくなること)を迎え、穴が開いて倒壊したりして、使用できなくなります。
その為、鋼材の肉厚調査(肉厚測定、板厚調査とも言う)を実施して、鋼材が今何ミリあるか、あとどれくらい持ちそうか、と調べ適宜補修して、寿命が延びるように対策(長寿命化計画の立案)します。

ここでは、水上や水中部での肉厚調査の原理や、方法をご案内します。

河川鋼矢板の肉厚調査(目視確認中)

鋼矢板の様子 ※塗装の剥離が部分的に見られる状況

河川に設置された、鋼矢板の様子です。

大阪の河川では、表面に塗装が多くされています(特に水上部)。
塗装することで鋼材が錆びにくくなり、初期費用は高くなりますが、鋼材の寿命は延びます。

この場合、鋼材の肉厚のみならず、塗膜の残存状況(剥がれていないか、船がぶつかった痕跡はないか など)を定期的に調査する必要があります。
こちらの写真では、鋼矢板の上部で、塗膜の剥離が部分的に進行しており、塗り替えの時期が迫っています。

また、鋼材は周囲の環境により、錆びやすさが違ってきます。

【腐食のメカニズム】
鋼材の腐食は、電気化学的反応(電池に類似した作用に基づくもの)により、進行します。
鋼材の腐食には、水と酸素が関与しており、水や酸素の供給状況が、鋼材の設置環境によって異なる為、腐食の速度や状況に差が出ます。

鋼材を河川の淡水や海水(漁港や港湾周辺など)に打設すると、その表面にアノード(陽極)、カソード(陰極)からなる、無数の腐食電池が形成されます。
そのアノードとカソードが、相互に電子を受け渡しすることで、Fe(OH)2(水酸化第1鉄)が鋼材表面に沈殿し、酸化や水の結合離脱を得て、「錆(さび)」となります。
※腐食反応式は省略しますが、その式から、酸素(O2)又は水(H2O)の、いずれか一方でも供給されない環境では、鋼材の腐食は進行しません。

【腐食の種類】
河川の鋼材によく発生する腐食は、全面腐食(均一腐食)と、局部腐食(孔食)の2つに分けられます。

(全面腐食) ※ミクロセル腐食とも言う。
鋼材が、ほぼ均一に減肉する腐食のこと。アノードとカソードの位置は、1箇所に留まらず終始移動している為、金属全面が比較的均一に腐食します。

その為、腐食速度は遅く、進行(劣化)予測をしやすい特徴があります。

鋼材 全面腐食の様子

鋼材 全面腐食の様子。赤錆が表面全体に発生している。

(局部腐食) ※マクロセル腐食とも言う。
鋼材の特定部位に、深い侵食を発生させる腐食のこと。特定の箇所にアノードが集中し、金属表面に腐食が半球状に、肉厚方向に対して局所的に進行します。

その為、全面腐食よりも進行が速く、著しい腐食が発生しますが、どこで発生するか予測できない為、進行(劣化)予測をし辛い特徴があります。

鋼材 局部腐食(孔食)の様子。赤丸の箇所に著しい孔食が見られる。

鋼材 局部腐食(孔食)の様子。赤丸の箇所に、著しい孔食が見られる。

【腐食の環境】

鋼材の腐食環境は、淡水海水大気土壌の4つに区分され、腐食因子である水と酸素が関与し、電気化学的反応により腐食が進行します。

【鋼材の錆びやすさ順番】 ※無防色の場合。一般的に、以下の順番で鋼材が錆びやすくなります。

箇所 年間腐食速度 腐食の促進因子
①河川水(淡水) 0.001mm/y 溶存酸素(DO)、流速、表面付着物、水質(pHなど)、水温
②海底土中部 0.03mm/y 土壌抵抗率、酸化還元電位、土質(通気性など)、含水率、土壌溶解成分
③陸上大気中 0.1mm/y 酸素、気温、湿度、降雨・降雪、飛来塩分、塩化物イオン(冬季に散布される凍結防止剤由来)
④海水中 0.1~0.2mm/y 溶存酸素(DO)、流速、表面付着物、水質(pHなど)、水温、塩化物イオン(海水中)
⑤海水の潮間帯(干満帯) 0.1~0.3mm/y
⑥海水の飛沫帯 0.3mm/y

※出典
・財団法人 沿岸開発技術研究センター:港湾構造物防食・補修マニュアル(2009 年版) 平成 21 年 11 月
・日本港湾協会:港湾の施設の技術上の基準・同解説 平成元年2月
住友金属工業:鋼材メーカーの技術資料 1975年

海水の潮間帯(干満帯)とは
干潮時と満潮時の海表面の間のこと。海中への没水と、大気露出が繰り返される範囲。

海水の飛沫帯とは
潮間帯(干満帯)の直上にあたる大気部。波が構造物に衝突し、砕けた海水飛沫を常時浴びるので、部材表面は、薄い海水膜で常時覆われ、腐食速度が最も高い。

(腐食の促進因子について)
<pH>
・12以上:強固な不動態被膜の形成により、腐食は進行しない。
・10~12:腐食速度は、急激に減少する。
・4~10:腐食速度は、ほとんど変化なく、鋼材表面に達する酸素量によって決定される。
・4以下:錆が溶解し、さびの腐食抑制機能が失われ、水素発生型の腐食を生じるので、腐食速度が急激に増大する(特殊な環境化でしかならない)。

pHの一般的な範囲
○海水○
・浅海部:8.1~8.3(中性)
・深海:7.5程度(中性)

○河川○
・通常:6~8(中性)
・温泉地帯:4程度(酸性) ※温泉地帯では酸性河川となる場合があり、鋼材が腐食しやすいので注意が必要

<溶存酸素>
淡水、海水中の鋼材の腐食は、鋼材表面に供給される溶存酸素の供給速度により決定される為、溶存酸素量が増大すると、腐食速度は増加する

<溶解成分> ※塩化物イオン等
海水中などに溶解している、塩類の主成分である塩化物イオンは、腐食により生成される錆を多孔化する為、錆層による保護性能が低下し、腐食しやすくなる。
また、その塩類が増加するほど、周囲の環境は良好な電解質となり、腐食速度は増加する

<流速>
流速の増加により、酸素供給速度が増加し、鋼材表面への酸素供給量が増大する為、腐食速度は増加する

<温度>
鋼材周辺の温度上昇に伴い、鋼材表面への酸素供給速度が増大し、鋼材表面におけるアノード、カソード反応の速度も増大するので、腐食速度は増加する

<湿度>
乾湿が繰り返されることにより、電気化学反応の進行と、酸素の供給が繰り返され、腐食速度は増加する

【鋼材の腐食代(ふしょくしろ)】
腐食対策
の一つで、鋼材の腐食を見込んで、予め大きくした板厚の部分を指します。
つまり、鋼材は腐食することが分かっているので、初めから分厚く鋼材を製作しておきます。

(腐食代寸法)
・鋼矢板:2mm(表裏両面合わせて)。感潮区間など(汚濁の激しい区間を含む)、特に腐食が著しいと判断される場合には、現地に適合した腐食代を見込むものとする。
・鋼管矢板:1mm

【鋼材の杭頭変位量】
鋼材である、鋼矢板や鋼管矢板を目視調査していると、鋼材やコーピング部分が、川表側へ傾倒していることがあります。
この場合、設計基準を先に理解しておけば、それらが問題となる閾値を事前に把握し、目視調査に役立てることができます。

事前確認が不十分な場合、ピントのずれた目視調査結果になったり、データが不足したりして、現場再入りになることもあります。
そうなると、河川調査の進捗が遅延し、余計な出費や地元へのご迷惑につながることもあります。

(鋼材杭頭の水平変位量許容値
・常時:50mm
・地震時:75mm(レベル1地震動に対して)

※出典
・国土交通省 近畿地方整備局 設計便覧(案) 第2編 河川編 第3章 護岸

【河川で多い肉厚調査深度】
・潮間帯(干満帯) ※鋼材上端部を狙う
・常時水中に当る箇所

腐食速度が一番高い、飛沫帯に当る箇所を調査できれば良いですが、基本的に鋼材上部にあるコーピング(鋼材頭部を巻き込んで打設する上部コンクリート)があるので、そこでは肉厚調査ができません。
よって、潮間帯(干満帯)の上端部を狙うことが多いです。

 

河川鋼矢板の肉厚調査(エアーサンダーで研磨作業)

鋼材の研磨中(水上)

鋼材の研磨中(水中)

鋼矢板の表面を、水上・水中部で使えるエアーサンダーにて、潜水士が塗料や付着物もろとも研磨しています。
鋼材面を露出させ、厚みを測る為に実施します。

特に水中部では、エアーサンダーを始動させるとものすごい量の泡が発生し、潜水士の手元がほとんど見えなくなります。
ですので、表面を削ってはエアーサンダーを止めて、削り具合を確認して、更に再度始動させて削っては止めて確認する、ということを何度も繰り返します。

手元が見えづらいので、潜水士は特に手を怪我しないように、作業を進めます。

 

河川鋼矢板の肉厚調査(超音波厚さ計で肉厚測定中)

超音波厚さ計の先端を押し当て中(水上)

超音波厚さ計の先端を押し当て中(水中)

鋼材表面を研磨した後に、超音波厚さ計の先端(超音波を発する箇所で、探触子と言う)を、潜水士が鋼材に押し当てます。
軸がぶれないように、鋼材に対して垂直に押し当てないといけません。

超音波厚さ計は、水上・水中部で使用できるものが必要です。
水上では船が揺れ、水中では水流に揺られるので固定が大変ですが、しっかりとしないと正確な数値が出ないので、非常に重要です。

 

河川鋼矢板の肉厚調査(肉厚値の読み取り中)

陸上で鋼材の肉厚値(板厚値)を読み取り中

ユーエルアクアティクスでは、超音波厚さ計の内、UDM-750(帝通電子研究所社 製)を使用しています。
押し当てた探触子から得た鋼材の厚み(板厚)が、表示部に数字となって現れます。

これを随時野帳に記録して、作業を進めていきます。

 

河川鋼矢板の肉厚調査(エポキシ樹脂で復旧中)

鋼材を補修材(エポキシ樹脂)で補修中

研磨した箇所に、補修材であるエポキシ樹脂を貼り付けて、錆びないように復旧(補修)します。
このエポキシ樹脂は水上・水中どちらでも使用でき、超強力で、コンクリートよりも硬くなりますが、正しく接着しないと剥がれますので、注意が必要です。

数年後に、同様箇所で進行状況を把握する為の2回目調査を実施する際に、このエポキシ樹脂が残っていることもよくあります。
(前回の業者次第です。補修の必要性を把握していない業者もいます。)

【現地調査時の注意点】
鋼材の船上目視や、水中目視(潜水目視)、肉厚調査(板厚調査)を実施する際に、調査精度向上の為に注意すべきことをまとめました。

(鋼材の船上目視、水中目視時)
①鋼材の種類が分からない
河川点検時によく見られる鋼材は、鋼矢板鋼管矢板です。
そして、鋼管杭H型鋼がまれに見られます。

これら鋼材の種類が事前に分かっていないと、河川調査後に目視した鋼材毎の範囲を図面で示せないので、河川調査になりません。
特に鋼矢板のラルゼン形ラカワナ形の区別がつきづらいので、注意が必要です。

鋼矢板 ラルゼン形(FSP形) ※接合部が矢板前面に対して水平

鋼矢板 ラルゼン形(FSP形) ※接合部が矢板前面に対して水平

鋼矢板 ラカワナ形(YSP形) ※接合部が矢板全面に対して斜め

鋼矢板 ラカワナ形(YSP形) ※接合部が矢板全面に対して斜め

鋼矢板 Z形 ※鋼矢板の凸部と凹部面が直角

鋼矢板 Z形 ※鋼矢板の凸部と凹部面が直角

鋼管矢板 ※鋼管杭に継手を設置したもの

鋼管矢板 ※鋼管杭に継手を設置したもの

②設計資料や河川台帳と、現地の鋼材種類が異なる
河川管理者は、河川の台帳を調製・保管しなければなりません(河川法第12条第1項・第2項)。
しかし、それらの河川現況台帳を持って現地調査に行っても、鋼材の種類や範囲が異なることがよくあります。

ここは図面では鋼矢板のはずなのに、鋼管矢板になっている!? などと困惑することがあります。
これは「工事の履歴が、正確に図面に反映されていない」ことが理由の一つに挙げられますが、河川点検をする者にとっては一大事です。

資料がない以上、現地で鋼材の型式を推定する以外に方法がありません。
鋼材の型式は、高さ(H)を計測することで、推定出来ます。

(河川管理者とは)
川の治水・利水・環境整備の計画を立案したり、河川工事や維持管理を行う人のこと。

・一級河川(指定区間外):国土交通大臣
・一級河川(指定区間):都道府県知事
・二級河川:都道府県知事
・準用河川:市町村長
・普通河川:市町村長

※国交省や都道府県、地方自治体にて労働力や知見が不足した場合、専門業者である建設コンサルタントなどに、河川調査(維持管理計画策定)や除草、ハザードマップ作成などを委託業務として、発注されます。つまり、河川調査は税金で行われます。

高さ計測による鋼矢板の型式推定

高さ計測による鋼矢板の型式推定

(鋼材の肉厚調査時)
①鋼材の肉厚測定値が、設計資料や河川台帳記載の所期肉厚(元厚)よりも高い
肉厚調査の実施中、肉厚(板厚)の測定値が資料にある初期肉厚よりも、1~5mm程度も高い場合があります。
この場合、以下の検討対策をします。

(1)水中での流速が早く、潜水士がふらふらしており、超音波厚さ計の先端にある探触子の当て方が悪い。
⇒探触子を何度も当て直し、数値の増減を確認する。

(2)鋼材の種類が、現実と資料とで異なる。
⇒鋼矢板であれば、高さ(H)測定により、鋼材種類の推定をして資料と比較検討する。

(3)鋼材の製品許容差を読み取っている。
⇒鋼材製作会社は、搬入部材厚が出来高不足とならないように、製品の諸元表値より厚い状態で、鋼材を出荷します。

※元厚は、カタログ値とも言います。

鋼材の製品許容差について
鋼矢板:+1.2mm(厚さ10~16mmの場合)
鋼管矢板:+方向に対する上限設定なし
となり、鋼材が予め分厚く製作されていることを勘案する必要があります。

正しく肉厚調査を実施した結果、「肉厚測定値平均が、鋼材の初期肉厚(元厚)よりも高い」と判明した場合は、鋼材の腐食量を「0mm」としたり、当該肉厚測定箇所の最大値を初期肉厚としたりします。

各鋼材において初期肉厚が各々異なる為、鋼材の種類を間違うと、肉厚測定結果が初期肉厚よりも著しく減肉(もしくは不当に高い)したような結果となってしまいますので、事前に資料や現場での対策を実施した上で鋼材の種類を推定し、河川での肉厚測定を進める必要があります。

肉厚測定ではこのように、鋼材表面を削って超音波厚さ計を押し当てるだけで、残存する肉厚値は出ますが、実施業者により調査精度には大きな差が生まれます。
これらの結果を元に、電気防食の設置鋼材の更新をいつにするかなどの長寿命化計画を策定していきます。

正しい肉厚調査結果を導き出して、国民の安全に役立てて行きたいですね。