河川を守る防潮堤
防潮堤(パラペット)は、特に土地の少ない都市部で作られる堤防で、これを川の水が越えると民家側(堤内地と言います)が大洪水となる、最後の防衛ラインとなります。
この写真の場合では、防潮堤が良い仕事をしなければ、洪水になると右奥に見えるマンションまで川の水が届いてしまうでしょう。
ですので、増水しても倒壊せずに耐える頑丈な防潮堤が必要です。
しかし、それは見た目だけでは分からない場合があります。
それは、防潮堤を形作るコンクリート内部に、異常が発生している場合があるからです。
コンクリートコアサンプリング。
※コンクリートコア調査とも言います。
コンクリートを破壊して、円柱状のコアサンプル(供試体)を採取し、分析室に持ち帰ってコンクリート強度などを室内試験する(破壊試験)。
これが、コンクリート内部を調べる一般的な方法になります。
現地で出来るコンクリート目視点検と違い、分析を含めると結果が出るのに数週間(2~3週間)かかるのが特徴です。
※コンクリートを破壊せずに表面から調査する非破壊試験もありますが、破壊試験の方が一般的に精度が高いと言われています。
鉄筋探査状況
防潮堤には鉄筋が入っています。
鉄筋が入った箇所でコンクリートのコアサンプリング(調査)をすると、鉄筋まで切断してしまうので、鉄筋がない箇所を特定して調査を実施する必要があります。
その為に鉄筋探査機を利用して、鉄筋が縦横にどのように入っているか(配筋状況)を調査します。
鉄筋探査機には、①ハンディサーチ(日本無線株式会社) ②ストラクチャスキャン(KEYTEC株式会社)などがあり、必要な精度や深度(20~60cmまで測定できるなど)に応じて、機器を選定します。
高額な機械なので、1台100~200万円はします。
なので、大事に大事に扱う必要があります。
業務用機器は高い、、、
特に河川や漁港での調査となると、陸上での建物の調査と違い、周囲の至る所に水があります。
足場も悪いので、このような高額機材を水中に絶対に落とさないように(もちろん作業員も)、作業前に安全計画を立てて作業を実施します。
コンクリートのコアサンプリング状況
鉄筋探査機で配筋状況を確認すると、コアサンプリングマシーンをセッティングして起動させます。
コアの大きさは、標準で直径10cm×長さ20cm。
コアに亀裂や木屑などがあると、せっかくコアを採取してもやり直しです。
正しいコンクリート強度結果が出ません。
なので、コンクリート表面をよく見て、ここなら大丈夫! と当りをつけて調査する以外に方法がありません。結構アナログな作業ですが、こういった所が作業員の経験の差となって現れます。
コンクリートコア1本採取に当り、掘り始めから10~30分程度かかります。
コンクリートコア削孔箇所内部の様子
コアサンプリングを実施すると、防潮堤にこのような円柱形の孔(あな)ができます。
この写真の場合、鉄筋探査機で映らなかった鉄筋が、背後に控えていたことが作業途中で分かったので、即座に作業を中止しました。
鉄筋が有ると、コアサンプリングマシーンの削孔音が変化するので分かります。
円柱の面に青っぽいものが点々と見えますが、これはコンクリートに混ぜた小石(粗骨材)になります。程よく分散されているので、現地にて良い施工がされた証拠になります。
鉄筋を切断すると、防潮堤の強度を下げるので、絶対にしてはいけません!
コア削孔箇所の復旧状況
コンクリートのコアサンプリング後に出来た孔は、そのままにしておいては防潮堤の強度が下がるので、塞ぐ必要があります。
無収縮モルタルを充填して、その孔を復旧します。
モルタルとは、砂とセメントと水とを練り混ぜて作る建築材料のことで、上記の粗骨材は含まれていない為、コンクリートとは性質が異なります。
無収縮モルタルではない、一般的なモルタルは、施工をして硬化する際に少し収縮し、微妙な隙間ができる場合があり、周囲と一体化できずにその箇所は弱くなります。
このような脆弱な箇所は、人命や人の財産を守る防潮堤には不要ですので、孔にぴったりと付着する無収縮モルタルが必要です。
採取したコンクリートコア(供試体)
現地にて採取したコアを、分析室に持ち込み、室内試験をします。
基本項目は、
①圧縮強度試験
②中性化試験
③塩化物イオン含有量試験
になります。
この3項目で、防潮堤コンクリートの性質と、あとどのくらいの年数使用できるか検討できます。
コンクリートの圧縮強度試験
コアをコンクリート圧縮試験機にかけ、コンクリートの圧縮強度を測定します。
圧縮強度とは、コアの上下端面に圧縮力を加えて、コアにひび割れが入るなどして壊れるまでの強度になります。
防潮堤建設の際には、当時のコンクリート設計基準強度に沿って施工します。
設計基準強度=コンクリートの圧縮強度である為、圧縮強度を測定し、当時の設計基準を満たしているか確認します。
設計年度によりますが、圧縮強度は18~24N/m㎡ が一般的です。
圧縮強度試験後の破壊されたコア
圧縮強度試験後の、破壊されたコンクリートコアです。これで30N/m㎡ ほどの結果でした。メリメリと音が鳴っていましたね。
コンクリートコアの中性化試験
コアをコンクリート圧縮試験機などで割裂した後、割裂面にフェノールフタレイン試薬を噴霧し、コンクリート表面からの中性化深さを測定します。
施工時のコンクリートは、pHが12~13の強アルカリ性です。
これにより、コンクリート内の鉄筋表面は不動態被膜(鉄筋表面に形成されるごく薄い酸化被膜)で覆われ、錆びずに守られています。
しかし、コンクリート表面から大気中の二酸化炭素が徐々に入り込んで、コンクリートが中性化(pH8.5~10)し、鉄筋まで到達すると、その表面にある不動態被膜が破壊され、鉄筋が腐食します。
鉄筋は腐食すると、腐食生成物が周囲に生まれ、体積が約2.5倍に膨張します。
鉄筋が膨張することで、コンクリートにひび割れや剥離・欠損が生じ、鉄筋断面も減少する(細くなる)ことから、地震や高潮などに防潮堤が耐えられなくなってしまいます。
そこで、中性化試験をしてコンクリート内部の中性化度合いを確認します。
上の写真の場合、赤紫色の箇所が正常で、左側の無色1cm程度が中性化しています。
中性化の良好基準は、中性化残りが鉄筋被りー10mm以上あること(鉄筋まで10mm以上アルカリ性であること)になります。
コンクリートが中性化しても、コンクリート自体の強度は低下しないので、無筋コンクリート(鉄筋が入っていないコンクリート)の場合は問題になりません。
コンクリートコアを粉砕して、コンクリート内部にある塩化物イオンの含有量を測定します。
塩分は中性化と同様に、鉄筋まで多量に到達すると、鉄筋が腐食し膨張することでコンクリートにひび割れや剥離・欠損が生じ、鉄筋断面も減少する(細くなる)ことから、地震や高潮などに防潮堤が耐えられなくなってしまいます。
そこで、塩化物イオン含有量試験をして、コンクリート表面からの距離ごとに(一般的には2cm毎)、内部の塩分浸透度合いを確認します。
鉄筋が腐食を始める、腐食発生限界塩化物イオン量の良好基準は、1.2kg/㎥未満になります。
これらのコンクリートコア調査の結果から、防潮堤の現状を把握し、あと何年持つのか、また寿命を延ばす為にはどのように対策すれば良いか検討します。
人命や財産を守る防潮堤。
大事にしていきたいですね。