私達の暮らしに欠かせない、川。
私達は、川から飲み水や生活用水を得たり、農業用水にして作物を育てたり、川に住む魚などを捕らえて食料にしたり、降雨を意図的に川へ集約し、流したりすることで生活を維持しています。
かつての偉人は、川の制御に大変苦心されました。
有名どころとして、日本の16世紀、戦国時代では、武田信玄や加藤清正らは、堤防を作るなどして治水事業に力を入れ、洪水被害を減らそうとしました。
信玄堤(しんげんづつみ)
武田信玄が、1541年から約20年の歳月をかけて作った堤防。2020年現在でも、その一部が残っています。
乗越堤(のりごえてい)
加藤清正が作らせた堤防。越流堤とも言う。堤防の一部をあえて低くし、一定水位以上になると河川水を越流させて、上・中流の遊水地に導き入れ、下流の人家などを守りました。
かつては、木材や人の運搬などにも使われた川。
川は昔から、また今でも暮らしの生命線です。
ですが、時として恵みの川は、化けます。
川は氾濫し、これまで数多くの人命や、国民の住宅などの財産を奪ってきました。
以下は、20世紀以降、豪雨や高潮によって千人以上の死者・行方不明者が出た災害です。
発生年月日 | 名称 | 死者・ 行方不明者数 |
主な被害地域 |
1910年8月 | 明治43年の大水害 | 2,497人 | 利根川・荒川・多摩川水系の川がほとんど氾濫し、関東平野一面が洪水となった。 |
1917年 9月30日 |
大正6年の 高潮災害 |
1,301人 | ・被害は、近畿以東を中心として3府1道25県に及んだ。 ・東京湾沿岸地域が高潮による大打撃を受けた(東京湾接近時には満潮の時刻と重なった)。 ・明治43年の大水害とは異なり、沿岸部での高波被害が目立った水害となった。 |
1934年 9月15~23日 |
室戸台風 | 3,036人 | ・高知県室戸岬付近への上陸時の最低気圧が911.6hPa、最大風速60m/sという強烈な数値を観測した。 ・京阪神を中心として甚大な被害をもたらした。 ・室戸台風、枕崎台風、伊勢湾台風は、昭和の三大台風である。 |
1945年 9月12~23日 |
枕崎台風 | 3,756人 | ・鹿児島県枕崎市付近へのに上陸時の最低気圧は916.1hPa、最大風速51.3m/sという、室戸台風に次ぐ値となった。 ・終戦直後の混乱期であったため、十分な対策が取られず、主に広島県を中心に北海道を除く全 国各地で被害をもたらした。 |
1947年 9月8日 -17日 |
カスリーン台風 | 1,930人 | ・雨台風の典型例で、関東から東北にかけて記録的な大雨をもたらし、埼玉県の秩父では総降水量が600mmに達した。 ・関東では利根川、荒川など、東北では北上川が決壊し、埼玉県東部から東京都23区東部にかけ ての広い地域で浸水するなど甚大な被害をもたらした。 ・短期間に大量の雨が降ったこと、戦時中や戦後復興の木材消費により山林が荒れ、保水力 が低下していたことが、大きな被害が出た要因として挙げられている。 |
1953年 6月25~29日 |
昭和28年 西日本水害 |
1,001人 | ・九州地方に発生した梅雨前線を原因とする水害で、阿蘇山で総雨量が1000mmを超えるなど、記 録的な大雨を観測した。 ・九州最大の川である筑後川をはじめ遠賀川など、九州北部を流れる河川がほぼすべて氾濫、 流域に戦後最悪となる水害を引き起こし、被災者約100万人という大災害となった。 ・集中豪雨が発生しやすい梅雨末期の気象的要因、阿蘇山の噴火活動による地質的な要因、 および九州北部を流れる河川流域の地形的な要因などが複合し、甚大な被害をもたらした原 因とされている。 |
1953年 7月16日 |
紀州大水害 | 1,046人 | ・上記の「昭和28年西日本水害」をもたらした、梅雨前線に起因する水害。 ・和歌山県内の有田川、日高川、熊野川を中心に各地で氾濫が起こり、上流の山間部では土 砂崩れ、山津波を起こし、両方で大きな被害を出した。 ・和歌山県史上最悪の気象災害となり、28年水害、7.18水害などともいう。 |
1958年 9月21~27日 |
狩野川台風 | 1,269人 | ・静岡県伊豆地方と関東地方に甚大な被害をもたらし、特に伊豆半島狩野川流域での水害に よる被害が顕著であったことから、この名称がつけられた台風である。 ・勢力を衰退させつつ、関東地方を通過した台風に梅雨前線が刺激され活発になり、狩野川上 流域で、1時間降水量が120mmを記録する豪雨となった。 ・東京など南関東では、死者こそ少なかったものの、中小河川の氾濫や内水氾濫などの都市 型水害が問題となり、台風による浸水被害が統計史上1位の件数となるなど、記録的な被害をもたらした。 |
1959年 9月21~27日 |
伊勢湾台風 | 5,098人 | ・紀伊半島から東海地方を中心に、ほぼ全国にわたり甚大な被害をもたらした。 ・伊勢湾沿岸の愛知県・三重県での被害が凄まじいことから、この名称が付けられた。 ・死者、行方不明者の数は5,000人を超え、明治以降の日本における最大の台風災害となった。 ・木曽三川・紀ノ川・名張川・千代川などが決壊し、伊勢湾の沿岸地域では台風通過と満潮が 重なり観測史上最大の高潮が発生し、海岸の堤防が破壊され、沿岸の干拓地や低地が被害を受けた。 ・人的被害よりも甚大だったのが、経済被害でありGDP比被害額は阪神淡路大震災の数倍、 関東大震災に匹敵し、東日本大震災との比較対象に達するものであった。明治維新以後で 最大級の自然災害のひとつである。 ・災害対策について定めた災害対策基本法は、伊勢湾台風を教訓として成立したものであり、 2013年に気象庁が運用を開始した特別警報も、台風については伊勢湾台風クラスを基準としている。 |
日本では、国土の約10%にすぎない洪水氾濫区域に、全人口の約50%、資産(住宅など)の約75% が集中しています。
私達の人命や資産を守る為には、その水際線を常時、堅固にしておくしか方法がありません。
ですので、特に水害が増えてきた近年では、河川の点検や調査で現状を把握し、より強靭化したり、護岸が流れたりしないようにして、洪水や氾濫に負けないように、維持管理をする重要性が高まっています。
河川の点検や調査には、河川の構造や、大きな変状につながる小さな兆し(川の弱点)を熟知した、河川技術者資格を持つ、河川点検士が調査にあたることで、精度をより上げられます。
※必須ではありませんが、同等の知識を持っていることが好ましいです。
【河川技術者資格とは】
一般財団法人 河川技術者教育振興機構が、河川の維持管理の専門技術について、日本で初めて認定する資格制度。
河川の維持管理を通じて、社会に貢献する河川技術者の輩出と、河川技術者に対する、社会的評価の向上を目指す為に制定されました。
資格は、河川維持管理技術者と、河川点検士の2つに分かれます。
(河川維持管理技術者)
・河川の補修方法などの、維持管理全体について把握する必要のある、建設コンサルタント技術者や、地方自治体(河川管理者)向けの資格。
・必要な技術は、以下の3つ。
①河川の状態把握と分析、対応案の検討技術
②地域の河川の特性や改修・災害等の特性・履歴に関する十分な理解
③河川管理上の判断に有益、的確な提案と、それに必要となるコミュニケーションを行う能力。
・資格要件は、河川の計画、調査、工事、維持管理等において、河川の維持管理に求められる、状態把握に関する実務の経験年数が7年以上あり、そのうち指導的立場で2年以上の実務経験を有すること。
・試験方法は、論述試験が3問(各、A4用紙2~4枚程度)と、面接試験。
・合格率は、16%(33人/207人) ※2019年結果
(河川点検士)
・主に河川の点検をする、現地調査員向けの資格。
・必要な技術は、点検要領等のマニュアル類に即して、的確に河川の維持管理に必要な点検を実施できること。
・資格要件は、河川に関する1年以上の実務経験を有すること。
・試験方法は、CBT試験と言う、パソコン上で行う4択問題で、予め定められた500問の内、50問がランダムにパソコン上で表示され、マウスで選択回答します。
CBT試験時には、白紙を一枚もらうことが出来、見直したい問題番号などを自由に記入できますが、後ほど回収され持ち出せません。
・試験場所は、パソコン教室などになります。
・試験日時は、パソコン教室などの空き状況を自身で確認し、自由に設定出来ます。つまり、期日ぎりぎりの方が勉強期間が取れ、合格率が上がります。
・合格基準点は、60点 ※2019年結果(資格認定委員会が、当年の試験問題の難易度等を評価して、毎年変更されます)
・合格率は、58%(805人/1400人) ※2019年結果
・試験内容は、参加必須な講習会で配布される「河川維持管理技術講習会テキスト」から出題され、以下の様になります。
(1)河川概論(法令や台風被害の歴史、川表などの河川の構造名称 など)
(2)河川維持管理概論(技術基準マニュアル名や内容、河川巡視や点検の実施時期や内容、河川カルテなどの報告書作成方法 など)
(3)堤防の点検(土堤原則とその良否、堤防の構造名称、有名な被災事例、土提の変状名、パイピングなどの被災の仕組み、堤防の点検・補修方法)
(4)護岸及び水制の点検(護岸の種類と構造名称、河床洗掘などの被災の仕組み、護岸・水制の点検・補修方法)
(5)土提以外の堤防の点検(特殊堤の種類と構造名称、基礎地盤の沈下などの被災の仕組み、コンクリート・鋼構造物の変状や原因、特殊堤・陸閘の点検・補修方法)
(6)樋門等構造物周辺の堤防の点検(圧密沈下などの被災の仕組み、樋門などの点検・補修方法)
(7)堤防以外の河川管理施設の点検(樋門・水門・床止め・堰・排水機場の構造名称や被災の仕組み、点検・補修方法)
(8)河道の点検(水衝部などの河道特性や点検の時期、被災の仕組み、点検・補修方法)
(9)点検結果の評価(結果評価区分と判定の目安、評価区分の判断例、本復旧と応急復旧の違い)
河川維持管理技術者、河川点検士ともに、実務経験が必要ですので、学生は取得できない資格になります。
建設コンサルタント、地方自治体、調査会社に就職してから、チャレンジできる資格です。
護岸や堤防、河床(川底のこと)を見ながら川の中を歩き、変状箇所(コンクリートにひび割れが入っていたり、欠けた所)を見つけて、その大きさを計測します。
また、その変状が護岸全体に影響を与えるものなのかどうか、周囲を注意深く確認します。
護岸のはらみ出し(川側に向かって護岸が膨らむこと)とともに、護岸の上にある道路が沈下傾向にあったりしますので、立体的な見方が必要です。
護岸は護岸、道路は道路と切りわけて目視すると、変状の連鎖が始まっていることに気付かず、物言わぬコンクリートなどが発する、重要なサインを見落としてしまいます。
これらの変状を変状と見抜ける眼力は、1日や2日で身に付くものではありません。
現場にて、たゆまぬ努力をし、変状の仕組みを理解した上で、報告書を作成すると調査員のレベルが上っていきます。
日々精進です。
【陸上調査 作業体制】
・陸上調査員×4名
河川の右岸側に2名、左岸側に2名とし、同時進行しながら、お互いを補間しつつ、調査を進めるのが安全で効率が良いです。
右岸側からしか見えない、左岸側の深みなどの危険箇所などを、お互いに知らせることが出来ます。
【陸上調査 必要物】
・胴長
・ライフジャケット
・スタッフ(5m)
・赤白ポール
・デジタルカメラ
・位置情報システム
※川の中を歩くと目印がなく、現在位置が分からなくなるので、補助システムが必要です。
河道(川の水が流れる所)に貯まった、土砂の堆積量を計測します。
堆積土砂が多くなれば多くなるほど、川の水が流れる幅や量が減りますので(河積が阻害される、と言う)、洪水時に川が氾濫しやすくなります。
ですので、現状のままでも大丈夫なのか、早急に浚渫(土砂を重機で取り除くこと)が必要なのかの点検が必要です。
※河積…河川の横断面において、流水の占める面積のこと。
大阪では、これらの目視点検以外に、土砂堆積測量調査を5年に1回、実施しています。
山間部にある河川上流部では、巨石がごろごろし、深みがあります。
その中を動きづらい胴長で歩くので、転んだり、深みにはまったりしないように調査を進めます。
【主な護岸形状】
・石積護岸
・コンクリートブロック積護岸
・蛇籠護岸
・人工物で固めない、自然河岸
【発生しやすい変状】
上流部では川幅が狭いので、水の勢いが強くなり、自然が多い傾向にあります。
・基礎部の露出
・護岸下部の流出
・自然河岸の土砂流出
・根固め工の移動、散乱、流出
・落差工の欠損
・樋管の土砂堆積
・樹木の繁茂
・河道の洗掘
都市部の住宅地や商業地の合間を流れる河川中流部では、護岸が様々な工法で作られています。
特に河川背後の土地が狭い箇所では、矢板式が採用されることもあります。
場所により、洪水に対する最終防機構が、厚さ50cm程度のパラペット(擁壁)になることがあります。
特に、その接合部から、河川水が住宅地側(堤内地と言う)へ行かないようにする為の、止水板に破損がないかなどの、状況確認が重要になります。
【主な護岸形状】
・コンクリートブロック積護岸
・コンクリート張り護岸
・矢板護岸
【発生しやすい変状】
水深が深い場合、船上・水中調査を併用することもあります。
・護岸、堤防の磨耗、欠損、折損、ひび割れ、目地開き、沈下
・護岸のブロック抜け、はらみ出し
・矢板の錆、穴
・天端道路部のひび割れ、沈下
・樋管の常時開放(ゴミ詰まり)
・樹木の繁茂
・河道の土砂堆積
海への入口となる河川下流部では、海に面する為、海水や高潮への対策や、係船・荷揚げ施設としての維持が重要になります。
河川下流部の護岸は、潮位(潮の満ち引き)の影響を受けやすく、海水が河川上流側へ遡上する為に、河川の上流・中流部とは水質環境が異なり、劣化しやすい状況にあります。
特に鋼材においては、真水よりも海水に面した方が、錆びやすくなります。
また、上流、中流部にはあまりない、防災施設(水門)、係船施設(防舷材、係船柱、係船環)などの施設があるので、調査には港湾関係の知識が必要になります。
【主な護岸形状】
・コンクリートブロック積護岸
・コンクリート張り護岸
・矢板護岸
【発生しやすい変状】
水深が深い場合、船上・水中調査を併用することもあります。
・護岸、堤防の磨耗、欠損、ひび割れ、目地開き、沈下
・護岸のブロック抜け、はらみ出し
・矢板の錆、穴
・天端道路部のひび割れ、沈下
・水門、防舷材、係船柱、係船環の錆、変形、破損
河川には、護岸や堤防だけでなく、河川を守る為の施設がたくさんあります。
以下に、その一部をご案内します。
河川を横断して設置される床止めの内、落差があるものを落差工と言います。
河床勾配を安定(川の傾斜を緩やかに)させて、河川水の流下速度を遅くします。
河川水を堰き止めて、上流側に作られた水路から、農業用水や工業用水などとして取水する場合に設置されます。
ゴム引布製のチューブに空気や水を注入・排出することで起伏したり、倒伏させます。
※ゴム引布製起伏堰とも言います。
農業の灌漑時期など、必要に応じて起伏させられますが、袋体(黒いゴムの箇所)上部に土砂が堆積していると、完全起立が困難な場合があり、堆積土砂の撤去が必要な場合があります。
河川の上部を道路や線路が通る場合に、頑丈な暗渠が設置されることがあります。
ヘッドライトは必須で、長くて狭い暗渠だと、天井が落ちてこないか恐ろしく感じます。
たまに大きく育った鯉が徘徊していることがあり、足元で大きな音を立てて、びっくりすることがあります。
暗渠ではほとんど見ませんが、土砂で出来た自然河岸では、ヌートリアをよく見かけます。
堤内地(住宅地側)からの排水を、河川へ流す為の施設です。
蓋がなく開放しているものもありますが、当写真はフラップゲートと言い、堤内地からの排水は河川へ流れますが、洪水の際に、河川水が堤内地へ逆流しないように、設計されています。
フラップゲートでは、堤内地からの家庭ゴミが詰まり、常時開放してしまう場合があります。
ですので、ゴミの投棄(ペットボトルや木材を排水溝に捨てるなど)などは、洪水の水が逆流する危険につながることを、ご理解下さい。
護岸の足元(基礎部)が、河川水で洗掘されないようにしたものを、根固め工と言います。
特に洪水の際には、護岸や堤防は著しい河川水の土砂を運ぶ力(掃流力と言う)を受け、足元にある川底の石や砂などの河床材料を流されることにより、護岸が浮いて、護岸の防水機能を失うことがあります。
それらから守る為に根固め工はありますが、あまりに掃流力が強いと、根固め工を吹き飛ばすことがあり、洪水が収まると、根固め工があちらこちらに散乱する場合もあります。
洪水の際に水が濁って茶色になるのは、堤内地からの雨に土砂が混じっていることもありますが、河川の河道内にある河床材料が、巻き上げられて濁るのも原因の一つです。
河川を横断して設ける床止めの上下流側に設置して、河床の洗掘防止の目的で施工されるものを、護床工と言います。
写真の例では、河川の流下水の力があまりに強く、上流にある護床ブロックが下流に流され、機能が低下してしまいました。
河川にある護岸や堤防は、その地域特性や洪水の威力(水位がどこまで上がりそうか、など)に応じて、設計されています。
河川の維持管理は、国民の命や家屋などの財産を守る為に、日夜行われており、災害が増加していることから、その重要性が近年増しています。
川に入って河川調査をしていると、よく地元の方から何をしているのかと、声をかけられます。
上記の様に、川の安全性を確認していることをお伝えすると、皆さんに非常に感謝して頂き、嬉しく思います。
やりがいのある仕事ですので、これからも頑張らせて頂きます。
通路や道路での通行のお邪魔をして申し訳ございませんが、調査員(河川点検士もいます)を見かけられましたら、ご理解の程、どうぞよろしくお願い申し上げます。